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「浅草のエンタメ」・・・浅草東洋館

「浅草東洋館」の歴史は「浅草フランス座」に始まります。過去数度の開館・閉館の繰り返しを経て、平成12年元旦に再オープンしました。ここでは、渥美清・長門勇・由利徹・東八郎・ビートたけし等著名なコメヂアンが続々誕生しました。人力車の案内人は必ずこの東洋館の説明をしています。

隣の浅草演芸ホールは主に落語・漫才ですが、東洋館は「いろもの」の専門館として年中無休で公演しています。

今年の2月23日(土)の19時(通常の公演終了後)に「ジオラマ人形劇・・・ゆめまち観音」の上映が入場無料であり、鑑賞してきました。人形劇やジオラマの出来はもちろん素晴らしかったのですが、驚いたのは、なんと「絶滅」(失礼しました。)と思っていた「活動写真弁士」が親娘で登場したことでした。私の年代でもその「話芸」の実際の場面を見たことはなく、記録映像でのみの記憶しかありませんでした。日本のみならず、海外でも活動・公演しているとのことで、更に驚かされました。

東洋館の通常の公演は、開幕前は入場者が列を作って並んでいるほどの人気館です。いわゆる「ピン芸人」が多く出場しますので、珍しい「芸」を堪能できます。

2013/02/25所長ブログ浅草シリーズ

一読入魂

書名:「ユートピアの崩壊」

ナウル共和国  世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで  リュック・フォリエ著

豊富なリン鉱石資源の輸出により実現した税金なし・社会保障完備の「地上楽園」が短期間で破たんした経緯について記されている。太古の昔からナウルは北半球と南半球を季節ごとに行き交う渡り鳥のすみかであったらしい。

鳥の糞によってリン鉱石が出来上がったと考えられている。時間の経過とともに、ナウルの地下に膨大なリン鉱石が蓄積されたらしい。このリン鉱石を無計画に掘り尽くし、放漫な資金管理・国家運営によりすべてが破たんした軌跡が記述されている。

人の人生の軌跡と二重写しになるところがある。

過去の成功体験・遺産相続・放漫経営・尊大不遜な思考・酒色に溺れた生活等々油断の先にある悲劇だが必然の理に思われる。

しかし毎日予測せぬ事柄が引き起こされるが、すべて雑事として、粛々と対応するしかないようである。

今日も早く寝て早朝朝日を浴びよう。情けないがこれの繰り返しである。おやすみなさい。

2013/02/22一読入魂所長ブログ

「浅草のエンタメシリーズ」・・・浅草演芸ホール

テレビ番組「浅草お茶の間寄席」でお馴染みの寄席のお話です。今の席亭が三代目だそうです。

初めて入館したのは、今から30年位前で、「上手な話し方」には「間合い」を体得することが肝心であると聞いたことがキッカケでした。

私は何故か舞台の上から出演者に話しかけられることが多いのですが、その理由は未だによく分りません。

紙切りの先代「正楽」師匠には私の顔の横顔を切ってもらい台紙に師匠の千社札を貼った作品を頂戴しました。通常はただ切った作品の切り分けた双方をお客さんに渡しているのですが・・・。NHKのプロヂューサーと間違えたのでしょうか?まさかネエ~。

東京ボーイズ(当時は3人構成)のリーダー鏡五郎さん(故人)からも舞台の上から、「お客さんよく見るネェ~」ときました。

確かにこのグループの芸が好きで、涙を流しながら何回も見ていました。

現在も活躍中のチャーリ・カンパニーからは、よく警官に扮している相方から、「あなたどこから来たの?」と尋ねられましたので、「茨城県から」と答えたら「そこは東京よりも賑やかか?」ときたので、「ハイ」と答えたら「この客少しおかしいんでねえの」とのやりとりでした。「なんでかな~なんでだろ~」

ある日の夕方、木戸口で割引料金時間でしたが、更に割り引いてくれと受付に頼んでいたら、側から「そこの若けーの、こまいのが(細かい銭の意味)ねーのか」との声あり。見ると桂文治師匠が舞台と同じ顔でこちらを見ていました。恥ずかしくていくらで入館したのかも忘れましたが、申し訳ありませんでした。全く情けないことをしてしまったと暫く悔やまれましたが、落語の世界の中でなされた会話の様で良き思い出として思い出されます。

座る席は混んでいなければ、舞台の右側で45度の角度の比較的前側の席です。左側も同じですが、落語家と目があう場所です。ここで、タイミング良く笑うと落語家が「乗ってくる」のが分ります。

 

2013/02/22所長ブログ浅草シリーズ

「グルメあ~グルメされどグルメ」・・・ハンバーガー

私は団塊の世代です。ブログのイントロにこの書き出しを頻繁に使います。ご容赦ください。

昭和22年から24年生まれの団塊の世代は、3年間の生まれだけで日本の現在の総人口の5%もいるそうです。

子供のころは好き嫌いなど言える食生活の状況ではなく、国民の殆どが質素な生活であったと想われます。

今上陛下と皇后陛下のご結婚をキッカケにテレビが徐々に普及していきましたが、アメリカの一般の家庭のドラマの場面が今も眼に焼き付いています。大きな冷蔵庫・大きなビンに入った牛乳・バナナやオレンジなどの盛籠・大きなステーキ等が画面に映し出されて豊かなアメリカに強い憧れを持ちました。

この時日本の児童は、アメリカの援助物資である脱脂粉乳(不味い)を牛乳の代用として飲んでいました。質素な食生活と言っても良いと思いますが、その純日本食が健康体を造ってくれたと今は確信しています。

この様にして還暦に辿り着いた純日本風な私が突然「食の好み」が変わりました。

昔強く感じた「アメリカ」が呼び起されたのです。

「マ店」のテキサスバーガーや「フ店」のクラシックWWバーガーに「はまって」しまいました。

体や歯に悪いとしてしばらく避けていたコーラとバーガーが体にエキサイティングに浸み込んで行くのです。

今日もテキサスバーガーを注文したら明日からは「アイダホバーガー」に変わるとのことで、また強いアメリカに「はまり」そうです。1950年代の懐かしいアメリカが蘇ってきました。エルビス・プレスリーやコニー・フランシスの容姿とメロディーがハンバーガーやコーラと共に私の身体にメルトダウンしてきました。

バーガーを食べながら平均寿命まで突っ走れるかな?何とかなるでしょう。

 

2013/02/21所長ブログ雑記

「浅草のエンタメ・シリーズ」・・・木馬亭での浅草21世紀公演

「浅草のエンタメ」として私がまず推奨するのは、木馬亭で毎月8日間開催される浅草21世紀公演です。

座長は橋達也(2年前に死去)でしたが、ストレートコンビでテレビ等で人気がでたこともありましたが、昭和40年以降生まれの方々には馴染がないと思います。

平成13年11月公演から現在まで毎月連続して公演しています。

この劇場に通うようになったのは、座長の奥さんが経営していたスナックに税理士仲間と飲みに行ったのがキッカケでした。

この店には若い座員も遊びに来ていましたが、親密になると頼みごとをされるようになりました。それは舞台に出ている時に芸名を舞台に向かって叫んで欲しいというものでした。

恥ずかしかったのですが、アルコールを入れて実行しました。座長へのアピールであったようですが、芸名を叫んだ座員は、全員幹部として現在活躍しています。

コント・手品・歌や舞台喜劇等があり、3時間弱楽しめます。

座長は2年前に亡くなりましたが、残った座員が更に舞台を盛り上げています。

アドリブや筋書から外れたパフォーマンスが面白くて通いつめています。

昔の「浅草六区」の雰囲気を最も出している「小屋」であると思います。

古き良き時代の浅草の香りを存分に楽しめます。

2013/02/14所長ブログ浅草シリーズ

「アルコール依存症」について

私がいわゆる「断酒」をしたのは平成19年3月1日ですので、今月末で丸6年になります。

毎日浴びるように飲んでおりましたので、行きつけの飲み屋さんからは、断酒したのではなく違う馴染みの店を探したのだと思われていたようです。

全く飲まなくなったらしいと知れてからは、賞賛の言葉や誤解の言葉が降ってきました。

Aさん「あんなに飲んでいたのにピタット止められるなんて、なんと意志の強い人なの、根性があるね」

Bさん「断酒会や病院での治療で飲まなくなったの?」

Cさん「体を悪くしたの?」・・・・・・・等々

飲酒を止める直前の検査では、内臓疾患等は無かったのですが、脚気・うつ状態ありとのことで、大腿部の痙攣が耐えられない状況でした。断酒会や病院での断酒治療は受けませんでした。

特別なことは何もしていないのですが、強いて言えば「深層心理、潜在意識」に働きかけたということでしょうか。

心理学にはもちろん疎いのですが、飲酒の楽しさは思い浮かべず「飲むのが怖い」「飲んだ後が地獄」とのイメージを自分自身の深層心理に強く植え付けたことになるのでしょう。

簡単な日記を毎日つけ飲まなくてよかったとの想いを噛みしめるようにして文字にしました。

決して「意志の力」ではなく、「恐怖心」を鮮明にしそれを潜在意識に訴えた結果です。

すべての方々に当てはまるとは思われませんが参考になれば幸いです。

 

2013/02/14所長ブログ新着情報雑記

「外国語について」・・・その1

新しいホームページができましたので、初の「所長ブログ」を発信します。

表題は「外国語」についてです。

私はいわゆる団塊の世代と世に言われるところの昭和23年(団塊の世代では最多)生まれです。

中国語との関わりは還暦をすぎてからです。

ある語学センター所属の台湾人の主婦に個人教授(センターの中だけです。)をお願いしております。

各言語にはそれぞれ特徴があるでしょうが、中国語には「ピンイン(発音記号)」と「四声(発音の抑揚)」があり、その恐ろしい洗礼を受けました。

これの訓練のため、6~8か月も費やしましたが、あまりに単調なため強い睡魔に襲われ、先生に何度も注意されました。

私が生徒の中で最高年齢らしく、中高年の見学者にやる気を起こさせてようです。

税理士開業前は、国税局の国際関係部門に勤務していた期間がそれなりにありますので、英文には親しんでおりました。

在職中に韓国語を習得すべく、自費で韓国語の専門学校に夜間通いました。韓国語は読み書きに自信があります。

このように書いてくると、まるでマルチリンガルのようですが、3か国語とも会話には自信がありません。

中国語の学校の経営者は、タレントで「そんなの関係ねエ~の小島よしお」のお父さんです。

台湾人の先生が去年の秋からご病気のため現在授業を休止しています。

続きは、次回に・・・再見(ザイジエン)

 

 

2013/02/14所長ブログ新着情報雑記

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